プラカンブログSTAFF BLOG

2019.04.22

イチローの引退に思うこと

ベースボール

 

2019年3月20日、東京ドーム2階内野席。僕は日本に凱旋したイチローを見つめていた。今日か明日がイチローの見納めになるかもしれないと思っていた。スタジアムの全員が息をのんで見つめているのがわかる。不思議な熱気に包まれている。この試合の最終打席、イチローはフォアボールを選んだ。いつものようにそっとバットを置いて一塁に歩いていった。

 

僕が心底感銘を受けたプロ野球選手は野茂英雄とイチローの二人だ。時期は違うが、二人が仰木監督の元で花を咲かせたことも僕には重要なポイントだ。チームをまとめていかなければならない立場にいる人間にとって、プロ野球の監督というのはそのスタイルや選手との関係性など、気になることが多い。星野監督のような熱血タイプの監督もいれば、野村監督や落合監督のような冷静沈着なイメージの監督もいる。両極端に見えるどちらのタイプも優勝することもあれば低迷することもあるように、絶対的な正解というのはないように思う。そんな中で僕が理想とする(あくまで「理想」であって遠くて大きな存在ですが)監督像が仰木監督だ。仰木監督といえば、球史に残るあの「10.19」の際に近鉄を率いていた監督だ。(余談だが、僕はあの10.19を思い出すたびに今でも涙が出そうになる)。仰木監督のすごいところは、野茂とイチローを矯正しなかったことだ。そして彼らは思う存分開花した。もちろんそれは無責任な放任とは違う。「伸びる芽を摘まない」ということ。監督にしても社長にしても、上司にしても親にしても、それは意外と難しいことなのではないかと思う。僕には子供はいないが、親が子供にしてあげられる最大の貢献は、子どもが自分で伸びようとすることの邪魔をしないということではないかと思う。そういう意味で、僕は仰木監督や、今なら栗山監督のスタイルに共感する。

うちのような小さな会社にもいろんな人間がいる。得意なことや苦手なこと。タイプも性格もみんな違う。もちろんそれでいい。それぞれのいいところを活かし、苦手なことはカバーし合ってチーム全体としていい試合ができるようになればいい。そんな中でイチローのようなスター選手が出てくれば嬉しいが、みんながイチローや野茂である必要はないし、むしろそうでないほうがいい。1番から9番までの選手がいて初めてチームは有機的に機能するのだと思う。

イチローの話からそれてしまったが、名選手や名チームの陰には必ず名監督や優秀なスタッフが存在すると思う。仰木監督も天国で酒を飲みながら「イチローよくやった」と、きっと自分のことのように喜んでいるだろう。

木村

この記事は、KIMURA が書きました。