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2016.12.09

Web制作の歴史 第2回 「自社ホームページを初めて作る」

前回は、世の中にインターネットというものが認知されはじめた1994年から95年ぐらいまでの状況をご紹介しました。今回は、そんな中、試行錯誤しながら自社ホームページを立ち上げるまでのお話をしたいと思います。

当時僕が在籍していた「三協クリエイティブ」という会社は印刷系のデザイン会社で、企業の製品カタログやパンフレットを主に制作していました。その中で新しいもの好きの僕はDTP業務の傍ら、CD-ROMや電子カタログといった分野にも手を出していたのですが、突然インターネットというものが出現してきて「これからはこれだ!」という直感のもと、さっそく自分でもホームページを作ってみようと思ったわけです。

当時の情報源

まずは大きめの書店へ行って、参考になりそうな本を買ってきました。今だと「まずはネットで検索」というところですが、もちろん当時はまだみんながホワイトハウスや首相官邸のホームページを見て「ほお~!」と言っているような時代ですから、検索文化なんてありませんし、そんな情報もありません。しかし当時でもすでに何冊かはホームページの作り方的な書籍はありました。どいういう本を買ったかまでは覚えていませんが、「ホームページの作り方」的な本とHTMLのリファレンス的な本を買ったように思います。

あとこのころから数年間、貴重な情報源だったのは何といってもインプレス社発行の『インターネットマガジン』です。日々変わっていくタイムリーな情報は、ほぼこの雑誌を参考にしていました。この本には毎月巻末に「日本のインターネット地図」のようなページがあり、ISP(インターネットサービスプロバイダー)間の接続マップが載っていました。今ではおそらくこういう図を作ること自体が無理でしょうし、それほどの意味も持たないでしょうが、当時はこれを見てここのバックボーン(ISP間の回線)は太いからこのプロバイダーは速そうだとか、参考にしたりしていました。

いま調べてみたら当時のISP相互接続マップがインプレス社のサイトで公開されているんですね!

ISP相互接続マップ

インプレス社 インターネットサービスプロバイダー相互接続マップ
http://i.impressrd.jp/e2007073019

1995年6月時点のISP相互接続マップ

1995年6月時点のISP相互接続マップ(インプレス社『Internet Magazine』より)

そうそう、こんなのでした!
いま改めて1995年6月の図を眺めてみると、日本のインターネット接続のハブになっていたNSPIXPと、ISP最大手であるIIJとのバックボーンが、なんと「1.5M」ですよ、お母さん!

今はスマホの4G LTEで下り100Mとか200Mとか言われてるのに、日本の最大級に太い回線が1.5Mだったとは!これをみんなで使ってたわけですから、非常につつましい世の中です。さらにIIJに接続している他のプロバイダーなどはメガにもいかない512kとか64kとかそんなレベル。もう隔世感ハンパないです。

そんな1995年6月の状況からたった8ヶ月の1996年2月になると、もうこんなにISPが増えて接続マップが複雑になっていきます。

1996年2月時点のISP相互接続マップ

1996年2月時点のISP相互接続マップ(インプレス社『Internet Magazine』より)

バックボーンの太さは相変わらずですが、接続経路が増え、複雑になっています。このころのインターネット黎明期は、すごいスピードで急拡大していったんですね。

自社ホームページを作る

そんな状況の中、本を片手にHTMLという構文を試しては表示させ、ということを繰り返しながら徐々にルールを理解していきました。それまでプログラム言語のようなものにはまったく無縁だった僕ですが、これはパズルのようでとっても面白い!と思った記憶があります。

当時はHTMLのバージョンも1.0とかそんなもんで、ブラウザもネットスケープナビゲーターとかしかなく、覚えるのもチェックするのも簡単でしたので、わりとあっさりマスターして無事ホームページができました。

プロバイダーはIIJを選んでいましたので、そこに作ったホームページをアップして世界に発信!。1995年10月14日のことでした。誕生日の次の日だったので覚えています。当時お世話になっていた知り合いのシステム会社の社長さんから「たぶん大阪のデザイン会社でホームページを作ったんはいちばん最初ちゃうかな~」と言われましたが、本当かどうかは分かりません。ただそれぐらいまだどこも作ってなかったことは確かです。

当時のHPは記憶の中にはおぼろげにあるのですが、残念ながらデータは残っていないので今は見ることができません。ただ前回もご紹介したweb.archive.orgで検索してみると、それから1年後の1996年12月時点でのアーカイブが残っていました。

1996年クリスマスの三協クリエイティブホームページ

1996年クリスマスの自社ホームページ

アーカイブサイト
https://web.archive.org/web/19961223020639/http://www.sankyo-c.co.jp/

どうやらクリスマスバージョンのようです。こんなのを作っているなんて、やっぱりのどかな時代です。ちゃんとテキストモードというのも作っていますね。このアーカイブサイト上では残念ながらグラフィックモードはデータがないようですが、テキストモードはデータが残っていて下層ページを見ることができます。「制作実績」も1年でこんなに作っていて偉い!よくがんばった!と自画自賛しますが、当時はまだホームページを作れる会社があまりなかったということもあります。そういえばこのころ作った「Osakanews.com」や「啓蒙かまぼこ新聞」は何かの賞をもらったりもしました。

「制作環境」なんてページもあって、いま見ると当時のハードやソフトが分かって面白い。MacはPowerMacやQuadraを使っていて、Photoshopは3.0、Illustratorは5.5、Macromedia Directorも健在です。その後、Directorは衰退していき、Flashの時代がしばらく続くことになります。

次回は、自社ホームページを作ってから実際の仕事につながっていった経緯や、FlashやVRMLといった流行の手法や、Netscape、Internet Explorerといったブラウザ戦争のなんかのお話ができればと思います。

この記事は、KIMURA が書きました。